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茨城県水戸市を拠点にカット野菜や野菜ペーストなどを製造・販売する㈱オーピーシートレーディング。2012年のM&Aで調剤薬局の傘下に入り、新たなスタートラインに立った同社だが、実は受発注ミスが多発し、赤字仕事にも気が付かないなど、長年にわたり構造的な問題を抱えていた。この課題解決に対して重要な役割を果たしたのが、生産販売統合システムである。本誌ではその経緯を追った。医食同源をコンセプトに
もともとは青果物卸として、1978年に創業したオーピーシートレーディング。現在は食品加工業向けにカット野菜、装飾野菜、野菜ペースト(冷凍)、またパスタソース、スープなどの調理品を製造・販売している。
ユーザーごとに異なる細かい要求にも柔軟に応えられる技術力と、長年にわたって培われてきた生産者、流通業者との太いコミュニケーションに定評があり、また、2007年にはペースト加工品と調理品を通じて茨城県で初めて農商工等連携事業計画認定を取得するなど、地元との協力関係づくりにも力を入れている。
02年にはISO9002を、その翌年には同9001の認証を取得。また工場は06年に有機JASの認定を取得し
、小分け、加工とも有機野菜を取り扱えるようになった。12年10月、同社は茨城県内で調剤薬局を展開する㈱ベルクラン薬学社のグループ企業となる。このM&Aにより、ベルクラン薬学社とオーピーシートレーディングのトップを兼務することになった鈴木学社長は、自身も薬剤師を長年務めてきた立場として、次のように語る。
「コンセプトは『医食同源』。健康食品は、何もサプリメントだけではありません。私たちは新鮮な野菜を科学的な根拠を基に分類し、健康維持のために摂取していただくという視点で新たなビジネス開拓を模索しようと考えたのです」
1カ月で数百万円もの赤字が出ることも
大きな期待を胸に、異業種からカット野菜事業に進出した鈴木社長だが、いきなり壁にぶつかる。創業から実に30年以上もの間、原料入荷から販売までの一連の業務が先代社長一人にほぼ委ねられていたため、従業員が日々の業務状況をほとんど共有できていなかったのだ。肝となる仕事は事実上、トップ一人が行っている。その実態に鈴木社長は驚愕した。
「黒い手帳を開き、次から次へと電話をかけ、クレーム対応を含めて何でもテキパキと先代社長一人がこなしている。これぞ職人気質という感じで、すごいなとは思いましたが、とても自分にはまねできない。当時は社内の雰囲気も殺伐としていたと思います」(同)
実質的な引き継ぎ期間は3カ月。この短い間にもさまざまな業務課題が浮き彫りになった。例えば次のようなことだ。
- 受注、原料発注、製造指示、在庫などの社内情報が手書きやエクセル、アクセスなどに分散しており、情報の一元管理ができていない。その結果、転記や二重入力が発生し、ミスが多発していた。
- 転記や二重入力がネックとなり、受注の変更を反映した適切な生産計画が立てられなかった。
- 適切な生産計画が立てられないため、人員配置を適切に行えなかった。
- 人員配置が適切でないため、出荷量に対して人員オーバーになったり、逆に人手不足になったりした。
このように、一つの課題が連鎖的に別の課題を次々に生み出していたのだが、時にそれは品質管理面での問題にまで及ぶこともあった。
「出荷数量が間違っていたほか、異物混入や包装不良なども見られました。これらは、現場のマンパワー不足が一因と思われました。本来は10人で実施すべき作業を5人でこなそうとすれば、どうしても余裕がなくなり、作業やチェックにむらが生じてしまうからです」(青柳稔専務)
そして、引き継ぎ後にも大きな問題が露見した。受注を多く取れば取るほど、赤字が増大したのだ。いったい、どういうことか。
「本来は、原料単価が上がったら製品売価も連動させて上げなければなりません。しかし、原料の仕入を標準原価に反映させる仕組みがなかったために、原料単価が上がっていてもそれに気付かず、そのままの売価で販売してしまうことがあったからです。また、出荷量に対して人員配置がオーバーになれば、余分に人件費を要することになってしまいます。こうしたことから、1カ月で数百万円もの赤字を出していたこともあります」(同)
このほか、消費期限切れの原料がいつまでも冷蔵庫に残っているために、電気代が月に50万円も余計に掛かっていたことも分かった。
業務状況が見えるようにしたい
山積した課題の解決に対して最も必要だったのは、業務情報の見える化と一元管理化だった。その前提条件を得るため、鈴木社長と青柳専務がまず着手したのは、工程表の作成と作業の標準化だったという。実は、製造指示に対して定められた加工方法・分量で製品ができていないというケースがあり、クレームも多発していたのだ。工場は職人任せの状態で、指示系統もあいまいだった。そこで、どんな工程、加工方法があるのかを丁寧に表に落とし込み、手順やルールを定め、誰でも同じ製品ができるようにした。
そして、次の段階として検討されたのが、業務情報の見える化と一元管理化を具体的なかたちで実現する生産管理システムの導入だった。
「経営に必要な数字や業務の現状がリアルタイムで把握できるシステムがどうしても必要でした。加えて、こうした情報を、経営者だけでなく社内で共有できるようにしたかったのです。そうすれば、業務の流れを従業員みんなで把握・理解できるようになり、問題点を指摘し合い、適切な業務体制に導いていくことができると考えたからです」(鈴木社長)
同社では5社ほどのソフトメーカーから出された提案を検討し、最終的には㈱ローゼックの「Craft Line(クラフトライン)」を採用することになった。
業務の見える化機能が強化されたシステム
同システムは、生産管理や販売管理、在庫管理、受発注管理、トレーサビリティ、原価計算などの各種機能が組み込まれた食品製造業向けの生産販売統合システム。事業規模や業態、工場の管理レベルに合わせて必要な機能から段階的に拡張できるよう設計されているため、中小規模の食品工場でも多く導入されている。特に業務の見える化に向けた機能が強化されており、例えば製造原価と標準原価との乖離や製造・原料入荷の遅延、停滞在庫などの発生をリアルタイムに警告してくれる。
「ローゼックさんのホームページや雑誌への寄稿記事などを読んでも、システム構築のスタンスが分かりやすく、経験や実績も豊富だなという印象がありました。また、こちらからの要望や問い合わせに対しても迅速に対応してくれ、同社のこうしたフットワークの軽さも選定理由の一つとなりました」(同)
システムそのものについては、カット野菜工場特有の業務環境にも対応できるという特徴も大きなポイントになった。原料野菜の歩留まりは、産地や天候によって大きく変わる。工賃のもととなる作業時間も、作業者の熟練度によって変動する。原価が全く異なる代替品の投入が必要になることもある。そして、カット野菜工場に限らず、多くの中小食品工場は、レシピデータの整備が不十分であるため、システム稼働の初期段階で適切な指示を出すことができない。一般的な生産管理システムでは、このようなイレギュラーな事態にうまく対処できないのだ。
一方、比較的手作業の多い弁当・惣菜工場での構築実績を積み上げて設計されたクラフトラインでは、こうしたイレギュラーな事態を前提として設計されているため、業務の実情に合った運用を可能にしている。
「工場における生産活動は、決められたルールの下で動くのが基本です。しかし、多くの中小食品工場では、業務の標準化や統制が不十分なため、0か1でしか動かないシステムだと、業務自体が回らなくなるリスクがあります。システム構築に当たっては、最初はいわば『逃げの仕組み』を用意しておき、段階的にこの逃げの仕組みを発展的解消していくのがこつだといえます」(㈱ローゼック早川雅人社長)
受注登録を行えばその後の業務をシステムで連携
新システムは13年1月に導入された。クラフトラインを中心にした業務フローを図に示した。受注から生産計画、原料・資材発注、製造指示、請求までをひも付けるのは、システムが発行する「オーダー番号」である。各機能が連動しているため、注文書を基に受注登録を行えば、後は二度打ちすることなく業務が進んでいく。管理者やオペレーターは、はじき出されたデータをチェックし、適宜修正や微調整を行えばよい。文書類の印刷だけでなく、ほぼ全てのデータが出力できるため、エクセルでの業務分析も容易だ。
また、原価割れや消費期限切れなど重要なリスク情報は、同システムのトップ画面でアラートとして表示され、掲示板のように権限を与えられた閲覧者全員で共有できるため、迅速な是正が可能になった。
「クラフトラインの強みは、食品製造業に特化したワンソースコード・ノンカスタマイズのパッケージソフトであることです。核となるプログラムのソースコードが全てのユーザーさまで同じなので、他社さまで開発された機能が追加費用なく手に入ります。もちろん、オーピーシートレーディングさまのシステム構築で培ったアイデアやノウハウも、標準機能に入っています。当社のパッケージは、ユーザーさまと二人三脚で進化してまいります」(㈱ローゼック内木場隆宜プロジェクトリーダー)
製造原価と標準原価との差異がほぼ解消
オーピーシートレーディングでは、先代社長の時代から一人一人の工場スタッフに対して、作業にかかった時間を日報で報告してもらうルールを定めている。従来はただ記録として残すだけだったが、現在は原価計算の要素としてシステムに入力し、改善に役立てている。実際の製造原価は、原料費とこの作業費、関連業務に要する間接費をもとにはじき出すのだが、これがリアルタイムに把握できるようになったことで、改善が一気に進んだ。
「多いときでは週3回、30品目も出ていた標準原価との差異のアラートが、現在はほとんどなくなりました。アラートが出ると、原料費と作業費、間接費のどこに原因があるのかを探り、原料費の問題なら売値を上げたり、仕入れ先を変えたりし、作業費の問題なら人員配置の見直しなどを行いました。こうした積み重ねが赤字仕事の防止につながっているのではないかと思います」(青柳専務)
また、人員配置が適切になり、翌日に実施する作業内容も見える化し、事前に示せる体制になったことで、ミスが少なくなり、ラインのセットアップも早くなった。そして、日々の仕事に余裕が出てきたためか、従業員の表情が以前と比べて明るくなったという。
スタートラインに立つ
今後はペーストやピューレなど調理品の製造・販売を強化していきたいという同社。中長期単位での計画生産ができる商材を扱うことで、雇用の安定化と作業スタッフのレベルアップを図りたいというのが狙いだ。
「現在は必要なときに必要な人数だけ人材を確保するという体制になっていますが、中長期での計画生産ができるようになれば、通年で働いていただける環境をつくることができ、教育レベルも上げられます」(青柳専務)
青柳専務は新システム導入により、「ようやく戦う準備ができた」と強調。鈴木社長も本当にやりたかったことに着手できるのは「まさにこれから」と意気込む。
「大切なのは、従業員意識を変えられる環境を私たち経営者が整えてあげることだと考えています。それができて初めて、次のビジネス展開に向けたスタートラインに立てるのではないでしょうか」(鈴木社長)